TRPG関係記録置き場

TRPGの忘備録置き場。 セッション日記とか、SSとかごったまぜ。   mixi日記やtwitterだと流れてしまうので、後々読み返す時に不便だなーと思ったので。10年後に読み返して笑いたい。

最終決闘シーン シノビガミ

シノビガミキャンペーン「空の蒼を知らないキミへ 」の2話のシーン起こし。

※「冒険企画局」及び「河嶋陶一朗が権利を有する『忍術バトルRPG シノビガミ』の二次著作物です。

 

 

「一曲お相手いただけますか?」
白の装衣を身に纏い、貴族は笑顔を作る。背筋を伸ばし、白い手袋を着用した手を差し出す。
対して、騎士は、正しく騎士の礼を取り、答えた。
「試練の最後のお相手に選んでいただき光栄です」

決闘相手に背を向けてゆっくりと歩く。開始の位置についてから、くるりと振り向いてから、後ろ手に腕を組む。『貴族然とした』立ち方。物腰。振る舞い。幼き頃から叩き込まれたそれらは、今日も自分を作り上げる。
微笑みを顔に張り付けたループレヒトは、後ろ手に構えた自らの手が震えているのを知っていた。クラウスの表情は読み取れないが、気がついているのかもしれない、彼はとても細やかだから。

いずれにしても、決闘は始まり、そして、すぐに終わるだろう。覚悟の上だ。
(終わるのか、変わるのか)
ぼんやりと考えたループレヒトは前を見る。視線の先には、憧れの人が剣を携えて、自分を見ていた。そこで、ループレヒトは今度こそ柔らかい笑みを浮かべる。手の震えは止まっていた。

彼は、いま、自分に向き合ってくれているのだ。
人生において、これ以上喜ばしかったことがあるだろうか。


開始の号令とともに、両者ともに土を蹴る。攻撃に合わせて、礫が飛んでいく。
撃ち合う音と、靴が地面を滑る音がうるさく、しかし、そこは静謐だった。
クラウスの表情が崩れずにいることに、ループレヒトはまた笑う。
勢いをつけて、騎士に一撃を叩きこむと鈍い音がした。
(……軽すぎる。防がれたな)
もう一度と踏み込む。
―――― 一撃。一撃だけでも。
一太刀だけも届かせたいと思った剣が、彼の身体を打つのを感じた瞬間。ループレヒトは瞳を潤ませて、目を細めた。
(よかった。これで)
返す刀で重い剣戟を受けて、耐えきれずにループレヒトは膝をつく。白が土に汚れた。

――――自分はやはり負けたのだろう。だけど、一撃を与えられた。
(きっと、これで)
――――クラウスは、僕を弱いだけの存在だったと思うことはないだろう。
(クラウスは、とても優しく、そして僕に甘いから。これでちょっとは認めてくれるはずだ)

ループレヒトが目を閉じた瞬間に、鈍い音が聞こえた。
瞳を開けて振り返る。クラウスの愛剣が、彼のすぐ横の地面に突き刺さっているのが目に映る。引き分けを告げる声が聞こえて、一瞬だけ口を開けた。
信じられない。

予想していたものよりも遥かに大きな戦果に、驚きが顔に浮かぶ。喜びが胸に湧かないことには、さらに驚きを覚えた。次の瞬間に、すうっと表情からあらゆる感情を隠す。ゆっくりと優雅に見えるように意識して立ち上がり、笑みを作った。
「やっぱりお強いですね、クラウス卿」
クラウスの元に寄り、ループレヒトが握手のために手を差し出すと、クラウスは恭しく跪く。
手を取られなかったことに、ループレヒトは少しだけ眉を顰めたが、そのとき、クラウスは視線を地面に向けていた。
「さすがループレヒト様です、お強くなられた。感服いたしました」
跪く騎士が顔を上げる動作に合わせて、にこ、とループレヒトが笑みを向けると、クラウスは続けた。
「一つだけお願いがあります」
「何かな?」
「私を従者という役目から解いていただけませんか」
言葉を理解した瞬間、ループレヒトの心は痛みに打ち震えた。同時に、ついにこのときが来たのだと、頭のどこかで考えてもいた。
「理由を聞いてもいいだろうか」
何か聞こえる、と思ったら自分の声だった。
「王になりたいと思うからです」
ざあっと風が吹く。
そうか、という呟きは誰にも届かなかったことだろう。そうか、そういう覚悟を決めてきたのか、と。
「……。それは、君自身が幸せになれるのか?」
「幸せかどうかは分かりませんが、望みをかなえることができます」
こんなときでも我が身に嘘をつかないクラウスの性格におもしろみを覚え、口角が上がる。
「それは、サシャや僕に王になってほしくないからだよね?」
『サシャを王にしたくない』が本音だと思うが、義理堅い従者は自分も勘定に入れるだろうと、無駄を省くために自分を含めたうえで確認をする。
「ループレヒト様は、騎士とは、引いては王とは何たるかに気が付いているはずです」
「王が何かはよくわからないけど、騎士が何かは、まあ、少なからず知ってるね」
肩をすくめる。
彼が隠そうとしていた知識をループレヒトが知っていると疑っていないことに、ループレヒトは少なからず悲しみを覚えた。
そして、自分が確かに知識を有していることにも。

話をしたいから立ってくれないかと請うたが、その願いは叶えられなかった。クラウスは、多くの場合、ため息とともにループレヒトの願いを叶え続けてきていて、些細な願いが叶えられなかったことに、クラウスの本気を垣間見た。ループレヒトは結論を先延ばしにする方策を探していたのだが、そこでようやく諦める方向に舵を取らざるを得なかった。
笑みを浮かべ、クラウスを跪かせたままで話を続ける。
先日、クラウスを笑ったときを振り返って話題に出した。彼が自分に腹が立っていると告げたので、ループレヒトは大いに笑ったのだった。
「あのとき、僕も自分に腹を立てていたよ。そして、憧れのクラウスと同じ気持ちだったことが、すごくおかしかった」
ループレヒトは記憶をなぞり、感情を再起させて、ふふと笑う。
腹が立ったのだ。己の無力さに、無能さに、それを認めることができない弱さに。だけど、一番は。
「僕が一番腹が立ったのは。クラウスに守られて生きる人生もいいなと、一瞬でも思った自分自身にだ」
あの瞬間。自分は自らクラウスの主人たる資格を手放したのだ。
「だからこそいいよ、わかった。君の従者の任を解く」とループレヒトは頷いた。軽い口調に、クラウスが一瞬視線を上げるので、視線を受けて「それじゃあ」と続ける。
「王になりたいなら」
笑みを消し、瞳に本気をにじませる。クラウスに向かって、手を差し出したままに、かつてないほどに強く、荒い口調で告げた。
「王になりたいならば、今すぐ立って、俺をループレヒトと呼んでみろ!」


クラウスは明らかに動揺し、躊躇した。

王になると決めた瞬間に、クラウスはループレヒトを跪かせる覚悟をしたはずだ。なぜなら、ループレヒトは、以前に彼と彼の友人になけなしの勇気を振り絞って、「王になるつもりならば、この自分を踏みつけにする覚悟を決めろ」と敢えて告げたのだ。そして、彼はそのうえでここに立ち、願いを口にしているのだから。

クラウスは口を開きかけたが、しかし、声が出ることはなく。
(クラウスはいつも僕に甘いな)
ループレヒトは、即座に名前を呼ばれないことに安堵し、安堵した自分を嗤いつつ、気持ちは落ち着いた。

クラウスはしばらく躊躇した後に、弱々しく、立ち上がり、差し出したままのループレヒトの手を力なく握る。
「これでお許しいただけませんか……」
「うん、いいよ」
手を握られたループレヒトは優しく頷いて、承諾の意を示す。
少しの間、沈黙して握られた手を見つめるが、クラウスも何も言わなかった。そして、ループレヒトは終わりのために再び口を開く。
「……主人としての『最後の』命令をさせてもらいたいんだけど、いいだろうか」
自ら彼の主人たる資格を放棄したのだから、最後くらい、主人としての務めを果たそう、と。
拒否されることは考えなかった。そして、クラウスもループレヒトの予想通りにその願いを受け入れる。
「御心のままに
「ループレヒト・フォン・アルトハウスの名において命ずる。クラウス。君は、君の幸せを探すんだ」
「イエス、マイロード」

迷いのないクラウスの返答に、ループレヒトは一瞬だけ目を伏せる。
――――彼は、幸せになる道を探すと言った。これで、僕の役目は終わったのだ。

顔を上げて、クラウスの瞳をしっかりと見て、ぎゅうっと握手に力を込める。名残惜しさは胸にしまい、微笑む。彼がどこかで自分を思い出すときに、『よく笑う人だった』と思ってもらいたい。
短い時間、強い握手を交わし、自分から手を解いた。義理堅い騎士が、握った手を解けるわけがない。
彼が後悔しなくて済むように、とクラウスに背中を向けて、ゆっくりと優雅にと、ループレヒトは大きく一歩を踏み出した。
(いや。後悔なんてするわけないか。クラウスは最初から僕を恨んでいる)

土を踏みしめる音が聞こえる。そよぐ風が音を成す。その合間に『ループレヒト様』と呼ぶ声が聞こえた気がしたが、振り向くことはしなかった。
(でも。クラウスは僕を恨んでいるけど。……、あいつ、いいやつだから。いま僕が振り向いたら、駆けつけて、僕の心を守ってくれようとするかもしれない)
だから、絶対に振り向かないのだ、と。ループレヒトは前を向いて、歩を進めた。

さようなら、クラウス。
僕の従者。僕を世界の全てから守ってくれた人。
君は、強く、優しく、情に厚い、愛されるべき男だ。


ループレヒト・フォン・アルトハウスは、まっすぐに前を見て、はるか先の、遠い天に願った。
願わくば、どうか、幸せに。

……本当は、僕の隣に立つ君に、幸せでいて欲しかった。

一度も明らかにしたことがない己の望みは、この場所に置いてゆこう。