TRPG関係記録置き場

TRPGの忘備録置き場。 セッション日記とか、SSとかごったまぜ。   mixi日記やtwitterだと流れてしまうので、後々読み返す時に不便だなーと思ったので。10年後に読み返して笑いたい。

『ふたりだけのしあわせ』_アンサング・デュエット

アンサングデュエット「ふたりだけのしあわせ」のED後

※「瀧里フユ/どらこにあん」が権利を有する『アンサング・デュエット』の二次著作物です。

 

リハーサル直後の怜様を、お車の近くで待つ。普段は遠くから見送るだけのことも多いが、今日は伝えておくべきことがあったのだ。
怜様は僕を見て立ち止まった。声をかけていいというサインだろう。

 

「……先日は、大変な、失態を……申し訳ありませんでした。諸々ありがとうございました」
「謝罪と礼は、先日聞いたな」
先日の失態とは、悪夢に似た異界を脱出した翌日、いつものように怜様をストーキングしようとしたところ、ご自宅に招かれて、幸せのあまり卒倒したことだ。当然、鷹司家の邸宅を辞去する際に、怜様にも家人と思しき初老の男性にも、平身低頭謝罪した。怜様も家のかたも苦笑いに近いものを感じつつも、謝罪を拒絶することはなかった。とはいえ、いま、顔を合わせたところ、自然に謝罪が口をついた次第だ。
「髪を切ったのか」
問いかけに、先日、怜様の微笑みを間近で見たできごとを瞬時に思い出し、動揺する。
「は、はい。頭のあたりで手が動く動作が嫌で、床屋や美容室は苦手でしたが……その……先日のあと、平気になりました」
子どもの頃、怜様を知るずっと以前に、何者かに叩かれた記憶は、身に刻まれていた。しかし、先日、僕にとっての神様のような存在である怜様が。怜様の指が僕の髪に触れたことで、過去の痛みをあっさりと忘れた。さらに、かつてないほど怜様と会話する経験(一方的なものではなく、会話だった!)を経て、他人との会話も「好きではないが、苦痛というほどでもない」レベルになった。それがいいことなのか悪いことなのかはわからない。
怜様が触れたところをお守りにしようと自分で髪をカットしたら、ザンバラになりすぎたという、我ながらどうしようもない理由もある。図工は苦手だった。


「それで? 一度落ち着いた件のために、わざわざ足を止めさせたわけではないのだろう?」
怜様は、僕の挙動を愉快そうに笑って眺めたあとに、先を促した。
「以前、中年女性……ええと、母の件で、お耳を汚した件で」
怜様はピクリと眉を上げた。
「対処できたと思いますので、念のため、ご報告をと思いました。今後、怜様の近くに現れるような事態にはならないはずです。お騒がせしました」
「……何をした?」
怜様に追及されるとは思ってなかった。首を傾げて、説明する。
「彼女の配偶者である父に対処してもらうことにしました。彼は仕事はできる男です」
「……」
沈黙に、もう少し言葉を重ねるべきかと考えた。いままで、放置していたのかと問われたのかもしれない。
「先日から見続けた夢から覚めて、改めて考えたのですが。夢のようなものだったとはいえ、怜様を殺すより、両親に対峙する方が辛くないと思いました。精神の均衡を欠く妻と離婚しない程度に体面を気にする男なので、つけいる隙はあると思い、メールで脅しました。昨日、了承の返信が来ましたので」
なるほど、と怜様は納得したのか呆れたのかわからない表情で頷いた。
「脅し、か」
「家族だったので、色々と調べようはあります。必要以上にコンタクトを取りたくありませんので、交渉の余地がないよう、『依頼』ではなく脅しました」
「……」
次の怜様の表情に、ひょっとしたら、手法や対処の効率性を問われたわけではなかったのかな、と思う。しかし、頷かれたので、礼を告げて、改めて道を開ける。
「引っ越しもすることにしました。こちらも、父が保証人になってくれます」
保証人を肩代わりする民間会社の紹介も受けた。次は、そこを使えという指示だろう。さすが仕事はできる男だ。
「お騒がせしました」
深々と一礼する。
母に振り回されていた時間は、怜様のことを考えていたほうがずっと有意義だったのに、どうしてこんなに遠回りをしてしまったのだろう。とはいえ、前途有望であった兄を亡くした諸々を想像すると、両親には少しだけ同情もする。これは成長なのだろうか。

 

下げていた頭を上げようとして、兄と唯一交わした約束のことがふと意識に上る。
兄の墓の場所は知っていたが、墓参りはしたことがなかった。
怜一兄さんに『約束は守り続けるつもりだ』と言いに行ってみるのもいいかもしれない。墓前には花を持っていけばいいはずだ。
こんなことを考えるようになったことは、間違いなく成長だろう。



※CoCで使用したキャラを、アンサング・デュエット用にコンバートして、セッションしました。関係性は、神と狂信者で、飼い主と犬です。

※鷹司怜(たかつかさ れん)新進気鋭のバイオリニスト。神(伸二にとって)。めちゃくちゃかっこいい。躾がうまい(伸二の扱いがうまい)。

※早坂伸二(はやさか しんじ)鷹司怜の狂信者。怜様が言えば黒いものも白くなる。教育虐待系の家で育った、と言ったら、椎名さんが深い設定作ってくれた。私は設定を考えるのが超絶苦手なのですごくうれしかったし、楽しかったです。