TRPG関係記録置き場

TRPGの忘備録置き場。 セッション日記とか、SSとかごったまぜ。   mixi日記やtwitterだと流れてしまうので、後々読み返す時に不便だなーと思ったので。10年後に読み返して笑いたい。

マーダーミステリー「迷いの森の殺勇者事件」隙間妄想1

マーダーミステリー「迷いの森の殺勇者事件」
 ※「マネミック」が権利を有する『マーダーミステリー「迷いの森の殺勇者事件」』の二次著作物です。
https://note.com/manemick/n/nf49cf384ee34


とてもおもしろいマーダーミステリーでした。
そして、プレイした後に、背景を見たら恐ろしいほどに刺さりました。記憶をなくしてもう一度やりたい。ちなみに自分は騎士をやりました。

下はネタバレしかありません。

 

 

 

 

 

*********


野営用の火が爆ぜた。炎の向こうにがっしりとした体躯の男が倒れた大木に腰かけている。
「来たか」
重々しい口調で、騎士は言う。まるで予見していたかのように。
――――実際、予見していたのかもしれない。魔術師と騎士とは付き合いが長い。勇者と魔法使いが幼馴染であるように、魔法使いと騎士も古なじみだ。勇者がまだ勇者見習のときに、剣を指南したのは騎士だ。平凡な才能だった町民が、これまで死なずにいたのは、彼の剣術指南によるところも大きいだろう。
「……」
フードを目深にかぶった魔法使いは口を開いたが、何も口にすることなく、口を閉じた。代わりに、フードを取り払い、騎士に対峙する。

あの子を、と騎士は言った。
騎士が、勇者のことを子ども扱いしなくなってから何年経っただろうと魔法使いは考えた。ずいぶん久しぶりの呼び方だ、と。
「あの子を守るつもりか」
守れるわけもないのに、と聞こえた。
「そのつもりです。命に代えても」
思わず口に出た言葉に、騎士は薄く笑った。嘲りにしてはずいぶん優しげだと魔法使いは思った。

*******
「お前は、勇者を解放したいのだろう?」
騎士は、過去に一度だけ魔法使いに質問したことがある。いや、確認したのだ。イエス以外の返答を想定したことはない。
「答える必要がありますか?」
返答は、決意に満ちた眼差しだった。
魔法使いの眼差しの先には、常に勇者があった。勇者のために起こす行動を翻したりことがない。
勇者は擦り切れるだろう。そこまで追い詰めるのは自分であるだろうことも騎士は知っていた。
勇者は多くのものを望んでいなかった。小さな村で平凡な幸せを享受するはずだったのだ。
それがどうだ。
多くの人間が軽視するような生活すら与えられていない。
「答える必要はない。だが、心には留めておく」
「……」
「せいぜい恩赦が下るのを待つんだな。勇者が勇者である以上、逃げるのは許されん」
街の人が、教会が、王国が許さないのだ。
このときの、自分に対する警戒の眼差しを、騎士は一度も忘れたことはない。逃げたとき、追っ手になるのは騎士だろうと魔法使いは考えたことだろう。
それでいい。

別の機会に、一度だけ勇者に問うたことがある。
力の源は何か、と。
勇者は言った。
「いつかひっそりと生きるという目標があるからです」と。
目標を保ち続ける勇者の隣には、いつも魔法使いがいた。
********

騎士は少年時代から、勇者と魔法使いを見守ってきたのだ。勇者を勇者たらしめたのは、王の命令で、玉命とあらば、その人間の意志など塵ほどの価値もない。特に町民ならばなおさら。断るということは死と同義で、おどおどとした少年を騎士は哀れに思った。
ああ、これは育たずに死ぬな、と。
そういう少年少女を騎士は何人も見てきたのだから。
しかしながら、予想に反して、少年は成長した。街の人の声に応え、震える腕を振るい、傷つくことを恐れたが、逃げたりはしなかった。
彼は、いや、彼らは勝ち続け、経験は名声を生んだ。
声望を、賞賛を、惜しみない尊敬を。そういったものを楽しむ人間であれば、幸せに生きられたのかもしれない。
しかし、勇者は名声が高まるごとに陰鬱な顔をした。
この戦いが終わったら、恩赦を与えられて引退できるかもしれない。その獣を倒せば。あの戦いが終わったら……。
しかし、今日までその日は来ていない。

――――いつかひっそりと生きるという目標があるからです。
騎士はその言葉も、忘れたことはない。


******
パチパチと火が爆ぜる音が聞こえる。
テントの中は防音魔法の恩恵を受けているだろうが、屋外には静謐の魔法はかけられていない……いまのところ。
「あの子を守るつもりならば、お前が死んではいけないな」
騎士は重々しく口にして、ゆっくりと立ち上がる。杖を構えた魔法使いは、応えるように、静謐の魔法を唱え始めた。
戦いの予感が場を支配する。
しかし、勝敗はすぐについた。魔法使いは動き、騎士は動かなかった。声もなく、剣が振われることもなく。
魔法使いにより、騎士の喉は、一瞬で掻き切られた。

 

騎士の喉はひゅうひゅうと震え、暗闇の中黒い液体が土に流れていく。ゆっくりと崩れ落ちる硬質な鎧は何の音も立てずに、地に沈み込む。
「勇者を逃がす、という賭けに乗ろう」
静謐の魔法は、音を、騎士のことばを、魔法使いに届けない。
騎士は言葉が届かないことを望んでいた。
しかし、「……どうして」と魔法使いの口が動くのを見た。騎士は小さく口角を上げる。弟子たちを褒めるとき、嗜めるとき、指導するときの笑みだった。
魔法使いは訝しんでいることだろう。
魔法に弱いと言っても、訓練を重ねた騎士を一撃で仕留めることは難しい。当たり前だ、騎士とて勇者パーティの一人だ。魔法一撃で殺されているなら、ここに来る前にとっくに死んでいる。
おそらく魔法使いは、騎士の反撃は覚悟のうえで、騎士を殺し、怪我は召喚した野獣にでもやられたとでも言うつもりだったのだろう。そのあとは、変異魔法か?
「……」
身体の温度が下がっていく。かすむ目に、空の星々は痛いほど瞬いていて、騎士の笑みは穏やかだった。

自分は、弟子たちが望むものを何一つ与えられなかった。何一つ教えられなかった。
勇者を勇者たらしめことも、冒険に出たことも、剣を教えたことも、すべて後悔はしていない。それでも。魔法使いよ、おまえだって――――。

騎士は薄れゆく意識の中でそんなことを考えた。
それでも、騎士にとって、魔法使いも弟子のようなものだったのだ。子どもの頃から勇者に付き従う魔法使いの欲しいものを、騎士は知っていた。
何一つ与えられず、何一つ教えられなかったけれども、一つだけ、愛弟子たちに機会を与えよう。

 

視線を向けると、魔法使いも騎士を見ていた。騎士が再び口角を上げると、少しのためらいの後、静謐の魔法を解いていく。
「あの子の望みのために」
騎士はのことばははっきりとしていた。告げた後に、心の中でもう一言付け加える。
――――そして、お前自身の望みのために。

「言われずとも」
魔法使いの返答は、あたかも自分の心中の呟きへの答えのように聞こえ、騎士は死への旅立ちを安らかなものとして受け止めた。
「そ、れでいい……」
かりそめの師弟は、一瞬だけ頷き合い、後を任せるように、騎士は目を閉じた。
脳裏には、もはや遠くなった昔に見た、勇者と魔法使いになる前の子どもたちが浮かんでいた。