データをニヤけた顔で確認していた男がいた。普段なら無視するところ、通りかかったオリバーは、一瞬、その隊員に視線を向けてしまった。考えてみればそれでよかったのだろう。
その隊員が確認していたものは。
「それは、古谷隊員の……隠し撮り、か?」
「いや、これは。その……。最近、いろんな隊員の画像がな?流行ってんだよ。いい小遣い稼ぎになるし、お前も協力しねえ?」
「交渉を持ちかける相手は選ぶべきだな。蟻程度の脳みそすら持たない馬鹿には判断が難しいか」
返事を肯定と受け取ったオリバーは、辛辣な罵倒の言葉を投げつけた。隊員が顔を赤くしている一瞬に、彼の持っていたデータを有無を言わさず消去する。
「~~~~!」
「二度目はない」
何事か怒声を上げる男に、オリバーは背中を向けて冷たい声で応じた。そして、心の中で告げる。
―――― 一度目も見逃されたと思うなよ。
「という次第がありました」
「……」
「こちらでお膳立てはしますので、対象の迅速な処分を希望します」
多忙を極める年の瀬に、しかも、自らの与えた指令をこなしているはずのオリバーが、わざわざ自分に連絡をしてきたのはこの要望のためか。
八坂は少し考えて告げる。
「古谷家にも緑山にも知らせるな」
「盗撮ではなく、窃盗の罪を明らかにします。該当者は、既に餌に食いつく動きを見せています」
大事になったら面倒だというのは共通見解なのだろう。オリバーはすでに自分の私物を『盗ませる』仕込みはしたと言う。
「いいだろう。どうせならば、特命捜査課を動かせ。誰がどうやって、収束させるか、働きを見たい」
「……どうやってですか?」
雑に置いた私物を盗ませるつもりだ。管理不行届を追及させたら逆に面倒だ。
「緑山の前で大袈裟に探せ。あいつなら細かいことを気にせず、部下に声をかけるはずだ」
「なるほど、わかりました」
「直には、それとなく声をかけておく」
退室しかけていたオリバーは八坂の表情を見ることはできなかった。
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「直は期待以上でした。それと、ギコえもんは予想以上に柔軟ですね。同じ陣営ならば頼もしいです」
「有事の際は交渉できるだろう。せいぜいこちら側にいてもらおう」
手の中で弄ばれているオリバーの万年筆に八坂は目を留める。
「形見だったんだろう、盗ませて良かったのか?」
「取り戻せると確信していましたので」
ご存知でしたか、と少しだけ眉を上げたオリバーはうっすらと笑う。
「それに、緑山課長をかつぐので、これくらいは」
「価値が高いものだと、捜査に本腰入れられる可能性が高いからな」
ウエットな理由を排除する八坂の物言いに、腹心は内心笑うが、口調だけは少しだけ不満を滲ませた。
「それにしても、機動捜査課の彼に対して、処分が甘いように感じますが」
「形式上、窃盗事件になっていない以上、手の回しようがない。機動捜査課と揉めるのもごめんだ」
「まあそうですね」
感情を乗せない八坂の応答に、オリバーも想定内といったように頷く。そして、すぐに、もう一つ切り出した。こちらが本題だったのだろう。
「ひとこと警告しておいてもいいですか」
「任せる」
この八坂の許可によって、機動捜査課の男の処分は決定した。